ペンション・モーツァルト日記

山中湖畔・平野の森の入り口にある“ペンション・モーツァルト”の日記です。

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サハラ砂漠紀行 Ⅵ  ‘ イザ!出立の時 ’

私達は住みなれた家や町、親しく人を見まもる空や山や川に包まれて日々を暮らします。しかし、その安らかな日々の中にも時おり、視野がずれてその舞台にいる自分を客席から見つめたように‘ なぜそこにいるんだろう?'と、ふとした疑問が頭をよぎることがあります。まるで自分が異邦人になったみたいに世界が見知らぬものに、そしてまた自身さえ見知らぬものになりはてて困惑してしまいます。

今でこそ富士の森を自在に歩けるようになりましたが、はじめに何回も森の中で迷った時が、同じ気持でした。富士の森は、歩けど歩けど人の歩幅にはあまりにも広大で、そのうち寒さと疲労に心身を蝕まれ、自分がどこにいるのか分らないという不安に己を見失います。目には森の木々や草や岩が映るのに、心はまるで闇夜にいるのと同じです。

しかしこのような時に、どこかから風に乗って人の声や物音が聞こえてくると、それはもはや音ではなく闇夜に指す一条の光です。その瞬間、心が晴れるのです。そして救われます。私達の人生の折々にもこの一条の光に似て、行く末を照らしてくれる言葉や人に恵まれることがあります。


『教育された感情の方向から未開の感情の深みへ、その未踏の星座の煌めく宇宙へ行ってみなければ、人間はなにも解ったことにはならない。』


この辻まことの言葉ほど、若い私の心を震撼させたものはありませんでした。これはまさに『無知の知』、哲学の永遠のテーゼであり、社会性というお仕着せの服の中に押し込められた、自らの脈動する野生の生命を解き放つ唯一の武器であり、クレーや、ロレンス、ニザン、そしてランボー等を砂漠へ出立させた動機だと思いました。

生命の存在を許さぬ灼熱の地獄で、彼等はいったいなにを見たのか、なにが彼等を導き、彼等の命を見事に開花させたのか!その砂漠の大地の上に輝く豊饒なるものの、その聖なる正体に触れてみたい、それはきっと私の命をも開くものになるだろう。

この切なる願いを胸に、魂の本能の命ずる憧れに導かれるまま、私はチュニジアからアルジェリアを経てマリまで、地の果てにあると云われる大断崖バンディアガラに住む、神秘的な星の神話を今も生きるドゴン族を訪ねて、『 心の対者 』となるであろう太陽と砂の大海・サハラを、キャラバンと共に縦断する、自らが心の中に作った聖地,『 未踏の星座の煌めく宇宙 』に向けて巡礼するような旅に出かけたのです。

しかし、人が出会う自然の場と時の中には、人が決してその足を踏み入れてはならないと思える場合があります。果たして砂漠に足を踏み入れていいものだろうか、この私が…?。未だ見ぬ世界へのとまどいを感じていました。


            …‥‥・つづく・‥‥…
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