ペンション・モーツァルト日記

山中湖畔・平野の森の入り口にある“ペンション・モーツァルト”の日記です。

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佐治先生からの贈り物 Ⅱ ‘ 時の森の秘められた花 ’

一つの言葉に、懐かしい思い出や人との出会いが甦ることがあります。クィーン・エリザベス号の船付き牧師として世界の海を股に掛け、大海の夜空を飾る千夜一夜の星辰を枕に、幾星霜の夢を数えた方の不思議な話しや目が点のお話しに時を忘れました。

‘プリマドンナ’にまつわる話しは、大英帝国の時代よりその伝統を誇る海軍将校クラブ‘サルーン・コリアス'で、このありふれた言葉に魔法がかかりました。そこでは食べ物一つにも格式を守り、特に紅茶にはその薫りの中に華やかりし昔が甦るのか思い入れ深く、点てるのも日本の茶道と同じような作法があります。

ガラスポットの湯面に浮かぶ茶葉の層から、かけらがひとひら ひとひら舞いはじめ、やがて妖精が群れ舞うような群舞の中でとりわけ美しく舞うひとひらが'プリマドンナ'!、それが舞ったが時に、紅茶をカップに注ぐのだそうです。茶葉をより美しく舞わせるためには、すべてをベストに、しかも無数に舞い落ちるどの葉の舞いが一番美しいと思うかや、その舞いが美の極みに達しているかの判断は、熟練を要し秘伝とされます。なんだかハリー・ポッターの世界のようで、怪しく美しいですね。

皆様は、そんな小事が秘伝となるほどの大事かと、呆れられると思います。しかし幾多の試練を経た強者が、一心にひとかけらのプリマドンナに見とれる様は、'真理は細部に宿る’との言葉を思い起こさせます。しばし茶葉の舞いに見とれ、その果として いとも優雅な茶の香りに酔うとなれば、その一部始終は 人が自らの限りある命で購う一寸時を幽遠なるものと為し、その値打ちを増す術となるもなのでしょう。ただ、それには見る人の美意識と人品が問われてしまうのです。

ところで、雪の舞い落ちる様を見るには、このような人品を計られるおそれはありません。それは舞い落ちるどの雪のひとひらもすべてプリマドンナだからです。どのひとひらも人の何かのために舞うわけではなく、人の手の触れることのできぬ‘自ずから然り’という、始まりの一粒の光りに由来する必然性をその宿命として持っています。この一分の隙も瑕疵もない有様は、人の美醜や優劣の判断を越えるものです。あるがままに、無心にそれを受け取るばかりであり、また見つめることは人を無心の佳境に誘うでしょう。

零下10度の月の夜には、世にまれな幻想的な光景が出現します。雪は透明なダイヤモンドダストに結晶し、虹色に輝く無数のプリマドンナが舞い降り、足元には空から星塵をすくい取り、蒔いたかのような地の上の銀河! 人が火を付けてまわってでもいるかのように、あちらにもこちらにも、目をやる場はどこまでもダイヤの輝きに瞬きます。そしてだんだん春が近づくと、雪は六つの枝を伸ばし見事な羊歯状六花を作り、憧れが舞いながら降りてくるワルツとなります。

「西岡さん、ホラッ!‘六花の結晶’になってるでしょう。」お言葉は拡大鏡となって、ボンネットの上に消えてゆく美しい結晶を見せました。もしそのお言葉がなければ、私はこのありふれた雪の一粒一粒をいまさら見ることはなかったでしょう。たった一言が、時間の森の奥に秘められていた蕾を開き、心の中に花を咲かせてみせたのです。

対流圏上層部で産まれた一粒の雪の種が、地まで届く永い長い時の糸を下降しながら、芽を出し双葉となり枝を伸ばし成長し、見まごうばかりに輝く大輪の花となります。ところが私たちの目の前で、せっかくこの人を驚かせる美しさも、儚く融けて一滴の水となりました。しかし、水は決して羊歯状六花の美しさを惜しむ風には見えず、その一滴の水もまた美しいと私たちに思わせるのです。

人の手の届かぬ果てで為される、この物語の一部始終に思いを馳せれば、なんと壮麗なとの感に打たれます。世界の隅々に至るまで、このような物語が数限りなく書かれ続けることが、時というものなら、この時の営みにより、いずれそれら全てが納められる宝箱に人も合わせて納められることを、その豊饒さ故に幸いとしなければとの思いが、残り香のように心を満たしました。

こうして、私は、はたまた佐治先生の魔法にかかってしまったのです。


* ご自分だけの美しい雪の結晶を作ることが出来ます。*
その結晶が成長する時間がとても美しいです。何かのロゴマークに使われても良いですね。
http://superdry.s.kanazawa-u.ac.jp/~onishi/snow/snow9/index.html

佐治先生からの贈りもの Ⅰ ‘ 星のかけら '

光りのしずくは星となり、星は光り輝くプロセスで
万物の構成要素である元素たちを合成し
超新星爆発というかたちで終焉を迎えた時に
宇宙空間にばらまかれた星のかけらから
地球ができ、私たちも誕生しました 

つまり、私たちは星のかけらから生まれたというわけです

                   佐治 晴夫
      

去りゆく人のふとこぼれた なごりを惜しむ言葉でしょうか。今日 風の中を舞う花びらのような雪が降りました。一瞬、これが桜吹雪ならと思ってしまいました(笑)

昨年の“X'masレクチャー”は、誰もが、エッ!と驚く雪の中を佐治先生がおこしくださいました。佐治先生は今、鈴鹿市にある大学の学長をなさっていらっしゃいます。鈴鹿市も40㎝の大雪、その中を遠路はるばるお越しくださったのです。

二月には、冬用の私の車でも走れない降りしきる雪の中を…、「出る前に、西岡さんに…、私の集大成のような本です」と最新作の『夢みる科学』(玉川大学出版)をお持ち下さいました。それはとても愛らしい姿をした本でしたが、中をくるとびっくり、人智を網羅した世界地図を手に、驚きと発見の航海に船出するVoyager(ボイジャー:航海者)になった気がしました。

そして今日は、なごりおしい春の雪!、開くと美しい星空になる傘の忘れ物をとりに…、丹沢の山中に湧く清水を汲みにいらっしゃった帰り道です。往復、車で10時間!、先生の秘かな楽しみです。春の雪に明るい食堂であれやこれやとお話ししました。‘星のかけら’のことや、あのボイジャー君のお話です。

45億年間腐食しないレコードに託した人類の魂をのせて ボイジャーは、遥かかなたの恒星系の惑星に住むと思われる地球外知的生命体と出会うためこの3月には太陽から約147億4000万km 離れた宇宙空間を航行しています。

このボイジャーの孤独な宇宙の旅は、いつしか私たちの心の旅に重なります。思えば、私たちも心という計り知れない大海を、自らの憧れの星に 導かれながら、いまだ未踏の領域にある 心そのものを納める事のできる、いわば母港を目指して航海するボイジャーのようなものなのでしょう。

ボイジャーは、たった二つのメッセージしか伝えるものを持ちません。

“ I'm here ”(私はここにいます)

 “ I'm glad YOU're there ”(あなたがそこにいてくれてよかった)

もし、私たちがあまたの銀河や星の輝く宝石の夜を航行しながらも、寂寥たる無生命の物理空間を何万年か旅をし、その旅の果てにはじめて生命に出会えたとすれば、何を思うでしょうか。きっと、身が震え、口をつくのはこの二つの言葉しかないでしょう。そして、目の前の 'You'の中の輝く'YOU'に、生命そのものの存在の奇跡に、目を見張るのではないでしょうか。

見つめ合うこと 感じること 思うことすら もはやそれを為すのは、私でなく、人でさえなく、宇宙に普遍する生命という様式の為せる偉大な技としか思えないことでしょう。そして、この二つの言葉の相聞歌そのままに 互いに相手の母港となり共感し、この共振の高まる波の波頭の向こうに、個別性を越えて 波打ち返り躍動する生命の大海原の輝きを眺望することになるのではないでしょうか。生命の価値と意味をその輝きの中に、悟るのではないでしょうか。

‘星のかけら'という光りから由来するこの美しい言葉は、私たちに希望を与えます。万物全てが 一なる血統に繋がり、全てが互いの縁に結ばれて、人たるも 一枚の布の一つの模様のように、決して生地から切り離しえるものでなく、むしろその上に咲く花であり、宇宙の孤児ではないのだと教えます。

昔、‘佐治ぐもり’は、先生の名物と聞きました(笑)。満天輝く星の下、先生のお話が聞けると全員目を輝かしている内に、どこからか怪しげな雲が…、「あっ、先生がいらっしゃっる!」というのが定番なのでしょうか、雪にもつくづくご縁がおありです。雪の日には 「アッ、先生がいらっしゃる」と、つい思ってしまいます。

これではまるで‘ 風の又三郎 'ですね。そして又三郎と同じく、不思議なことや美しいことが先生の周りでは次々と起こります。小鳥の姿もちらほら見かけるようになった日に、思いもかけず世界を白く染めていく春の雪は、舞い降りてくる風花もことさらに美しく、ひとひらひとひらを目で追って、つい見とれてあきないですね。そのひとひらに身を託せば、心の中にその美しい軌跡のあとが残ります。

万華鏡のミクロコスモスが、 瞬時思いもかけない世界を見せて人を驚かすように、外の落葉松林は雪化粧の白い光に包まれて、その森閑として汚れなき有様は、まるで日本書紀にいう、神霊が人前に示現することなく永久に鎮まる“かくれのみや”(幽 宮) のようなものとなっていました。これもひとえに佐治先生の魔法でしょうか。

そして手のひらに次々と舞い落ちて、ひやっとした挨拶を残しては消えてゆく雪に、‘プリマドンナ’という言葉が浮かびました。

…‥‥・つづく・‥‥…

日本一の春の風景

もうすぐサクラの便りが各地から届く季節になりました。標高1000mの富士山麓の桜の季節は4月下旬です。そこで、毎年待ちきれず一足先に春を楽しみに出かけています。桃の里の“香王観音”様に会いに、それこそいそいそと出かけます。

甲府盆地は日本一の桃の産地で、4月初旬盆地の端から端まで、視界を全て何十万本という桃の花が埋め尽くします。純白に輝く南アルプス連峰や八ヶ岳の圧倒的な存在感と、麓を埋め尽くす春の喜びに沸き返る花の絨毯…。“眼福”と云いますが、自然の壮麗な営みをこんなとてつもないスケールで見せられますと、もう“天晴れ!”という言葉いがい思いつきません。よく“日本一の春の風景”といわれます。

桃源郷

この春爛漫を前にすると、身体が隅々まで晴れやかに笑っているよう
に感じます。私達は自然の体内から、芽生えるように生まれてきましたから、根付いている母胎が健やかであることを知ることは、心ばかりか身体の健康にも良いものなのでしょうね。宮澤賢治の“ほんとうのたべもの”の‘ほんとうの’という言葉をかみしめるような思いがします。

桃の里の南山の中腹に、桃の花に包まれるように甲州真言七談林の一つ“福光園寺”という古刹が在ります。この時期には、晴れやかな花の風情に引かれてか人が訪れ、往時のにぎわいを取り戻します。そして桃の花の咲くように、秘仏とされる座像の“吉祥天女”仏と“香王観音”様がご開帳されるのです。

吉祥天女仏で座像は珍しく重要文化財に指定されています。全高2mの堂々たる体躯で、見事な満開の蓮華座の上に威厳を誇り、まるで宇宙そのものを神格化したと云われる大日如来の風情です。脇侍には、右に四天王の東の守護神、生きとし生けるもの全ての平安を守る“持国天”様。左には、北の守護神・六道を輪廻する全ての魂の苦しみ悲しみ、嘆きを受けとり、共に寄り添い歩むといわれる“毘沙門天(多聞天)”様が守護しています。

一分の無駄も隙もなく力に横溢し、まるで阿・吽の仁王のごとく立つ脇侍の法衣には、祈りを込めた“天”の字が護符のように書かれています。三体とも目は当時はまず珍しい水晶に金を埋め込んだ象嵌です。香の薫りを焚きしめたほの暗い闇の中、八百年の命を生きてなお、おぼろな蝋燭の光にも、カァッと両眼を見開き、虚空を凝視しています。

人がこんな眼に凝視されれば、ただ刮目し脈打つ命の音に耳を傾けることしかなくなるのではないでしょうか。そしていつしかそれが己の中に脈打つものか、はたまた仏の中に脈打つものに、ただ共鳴りしているものなのか分らなくなることでしょう。その場にひざまづき、その分らなくなる先のことをいつも思いました。

吉祥天・ラクシュミーは、海の泡から蓮華を持って誕生し、毘沙門天の妃であり、功徳天として美と幸せの守護神です。ボッティチェリの描いた有名な”ヴィーナスの誕生”そのままですね。

この吉祥天は、当時この地を治めていた三枝氏が圧倒的な甲斐源氏の前に滅亡を覚悟し、その後にも民の幸せなることを祈願して、都から当代一の大仏師・蓮慶を招き、作らせたものといわれています。春にこの桃のお寺を訪ねお会いするごとに、この三枝氏の祈願やそれに応えて戦火の悲惨が渦巻く中を旅した蓮慶仏師の心の有様を思わず
にはいられません。

このお堂の横には、見落としてしまいそうな古びたちっちゃな観音堂があり、珍しいイカリ草の花を脇侍に、お目当ての“香王(こうおう)観音”様がいらっしゃいます。奈良時代の大僧正・行基(668~749)の作と伝えられています。

行基は、国に奉仕する仏教にあきたらず“広く民衆を救う”という仏教本来の姿を取り戻すため、町へ出て民衆に教えを説いたり、旅人の行き倒れを助けたり、道や池、溝、港、布施屋などの社会事業施設を造り、四九ものお寺や、最後には東大寺建立にも係わりました。民衆の絶大な信仰を集め‘行基菩薩’とさえ呼ばれた方です。

お寺は、何度も戦火に遭い、そのつど観音様も炎に包まれました。燃える観音様を村人が運び出し井戸に入れ、百年にわたり村人はその秘密を守り‘ 龍神様への雨乞いの祈りだ ’と言い訳しながら井戸に向かってお祈りしたそうです。

燃えたお顔は元の姿を止めず、眉や鼻の頭や口元が黒く焼け焦げています。しかしその焼け焦げが、そのまま見事なお顔になっているのです。それは、本当に一点の曇りもないにこやかなお顔です。‘行基菩薩’が、『一切衆生悉有仏性』の思いを込めて創り上げた慈悲仏は、炎や千数百年の風雪にもその祈りを失わず、私達の心を深く慰めてくれます。建立当時から末永くお堂を満たしていたと云われる白檀の残り香につつまれるような思いです。
                     
よろしければ、ご案内させていただきますので是非お出かけ下さいませ。

「サハラ砂漠紀行」Ⅹ ‘ エロスとタナトスの舞い ’

季節も三月を迎えると、標高1000mの湖に降る雪も、もう冬の雪ではありません。去りゆく冬がなごりを惜しむかのように明るい空から牡丹雪が舞い降りてきます。人は贅沢ですね、あれほど温かい春を待ちわびていたのに、イザそのはしりを見ると振り返って冬の楽しさ美しさに惹かれます。

冬の楽しい思い出は、毎年お正月に山川紘矢さん・亜希子さんに、お目にかかれることです。まるでX'masの夜の子どもが贈り物をいただいたように、‘アァ、今年もいい年になりそうだ!’と、希望と力が湧いてきます。あれだけの大きなお仕事を為されながらも、学ぶこと歩むことをおろそかにされない、その謙虚で誠実なお姿に深く心うたれるからです。

会には、毎年全国からたくさんの方がお越しくださいますが、皆様初対面にかかわらず申し合わせたようにお心が響きあい、美しいハーモニーにこの場が清められるような思いがして、いつも深い感謝の気持が起こります。

今年は特に印象深い会でした。いつも変らぬ亜希子さんの慈愛の大きな翼につつまれて、地球の生命の宿る歌声を聞き、谷口佳至英さんのアヴェ・マリアに慰められ、そして高見美貴さんの‘ラクスシャルキー’に度肝を抜かれてしまいました。

美貴さんは、すらりとしたとても美しい容姿に恵まれた方ですが、なによりもその香り立つような優しさに誰しもが魅了されてしまいます。その優しさの水紋が広がるように場が満ちて、やがて舞いが始まりました。

‘ラクスシャルキー’は、アラブ世界では、オシリス・イシスの昔より更に古く、何千年いや何万年の血脈の中を連綿と伝えられてきた舞踏です。‘オリエンタルダンス’のエキゾシズムにショー化される事もありますが、たとえどのように変ろうとも、舞い手の肉体の記憶の地層を通底する古代の偉大なパトス(魂の熱情)の水脈の決して涸れることはありません。それは、世界にあまたの川があり、見ているこちらの心さえ洗われる美しい清流もあれば、悪臭を放つどぶ川もあります。しかし、どんな汚い水であろうと、水そのものH2Oは決して汚しえないのと同じです。

人の身体も更にはその心さえ、人一代で出来るものではないでしょう。私一人がここにあるためには、人類史百万年としても概算4万人ぐらいの母の行列が、命を産み、そして産み、さらに産み…掛け替えのない珠を手渡ししてこなければありません。地球に生まれた、たった一粒の脈打つものから人に至るまでは、更に気の遠くなるような生命の行列が連なります。地の果てまで続く壮麗な王の行進を見る思いがします。そして、石塊から、一打ち一ノミ削り取られ、やがて見事な彫像が姿を現すように、自然淘汰のノミの巧みに磨かれて、今私がここにいます。

人が何かの危機に直面した時、考えるより先に反射的に身体が回避しますが、身体の持つこの先天的な知恵は、永い年月を掛けてその合理性を獲得し、後の世代の身体の依って立つ大地の地層をを作ります。魂のパトスも、子を見つめる母の魂の窓である瞳から、乳房から乳が子に川のように流れていくように、子の瞳の中へ流れ込み、何万世代の命を重ねる毎にその地層を重ね、私達の依って立つことの出来る豊饒な大地となり、人が豊かな水を汲むための器となってくれるのでしょう。

舞踏は、その舞う肉体の内に耳を澄ませば、肉の一筋に至るまで歌い始め、その地層の中に埋もれている、この古代文字で書かれたような己の由来を語りはじめることでしょう。‘ラクスシャルキー’は、まさに人が触れることも穢すことも、名付ける事さえ出来ない大砂漠の存在の磁場を母胎に、生まれてきた偉大な舞踏です。人の思いが極まり溢れて身体の堰を切った時、身体は地のくびきを断って、まさに天空に羽ばたくごとく舞踏が誕生したのではないでしょうか。

オイリュトミーの大家、笠井叡さんが私どものホールのたった三段の階段を降りた時、私たちが目撃したのは虚空を一万メーターも下降する輝く飛行体でした。産道を出た赤ちゃんが初めて「オギャー!」と泣いたその一声と同じ、「降りること」が「いままさに生まれた」としか言いようのない聖なるなにものかでした。

その時、まわりの空気さえ、一万メーターの滑空に震えていました。しかし、このたった三歩の天使の舞踏は、ただ「笠井叡」においてのみ成就するもではありません。実は、私たちも日頃無意識のうちになしています。ただ彼は、その平凡な人の営みの底を支える、人類の神話的な領域を白日の下に曝しただけなのです。

歴史上最も有名な舞踏の一つは、聖書の伝える古代パレスチナ王ヘロデの娘サロメの‘七つのベールの舞い’です。予言者ヨカナーンの首を代償に舞うサロメが、エロス(生)とタナトス(死)のせめぎ合う潮の高まりに身を呑まれる予感にわななきながらも、その高みを目指すやむにやまれぬ衝動に突き動かされ、一枚一枚その身を覆うソロモンの栄華のごときベールを剥ぎ落とし、もはや何一つ剥ぎ落とすもののない真珠の裸身を白日の下に曝した時、サロメはその宿命に殉じ、サロメであることを失いました。

しかし、やがてその灰土の中から一輪の花の咲くように、その身体は生命の王土そのもの、シバの女王の宝庫に勝る、むき出しの豊饒な真実以外の何者でもないものと化していたのです。そして、自らの身から立ち昇る熱気と香のむせびかえる紫煙の向こうに、中空に浮く己を見つめる瞳を見た時、この天与の真実が故に、サロメはエロス(生命の力)を宿す自らと、タナトス(神的力)の御使い‘神の口'予言者ヨカナーンとの合一の中に、自らが解かれていくのを感じていました。


もし、私達が広々と麗らかな野原で、

『誰もみていないかのごとく自由に踊れ!』
『誰も聞いていないかのごとくのびやかに歌おう!』
『あたかもここが地の上の天の園であるかのごとくに生きよ!』

と言われたら、人は己の身体の堰、また心の堰を切るのではないでしょうか。私達は、めったやたらと思う存分、歌い、踊り、羽ばたくことでしょう。いつ止むとも知れず、まるで今まで失われていた分を取り戻すかの勢いで!そしてやがて、あのスーフィーの回旋舞踏が美しい円を描きながら地を離れ、天に昇っていくように、身体の中に確かに満ちてくるものがあるのを聞きとります。それは、手のひらに乗っている、過去…現在…未来を一つにした透き通る珠の中に微笑む華、無心の喜びです。

美貴さんのBelly(腹)は、その中に全ての命あるものの苗床となる豊饒な大地を宿し、そのなめらかな美しい肌の輝きはすべてを育むエネルギーを無償で与え続ける太陽のものでした。そして生命そのものの熱の発露、太陽や大地のビートを打ち続けたのです。

私達はそのビートに共振し、まるでこの地球に初めて生まれた、たった一粒の脈打つものになったかのように震えていました。土と水の大地に、初めて生命が誕生するのを目撃しているかのように、私達の中に生命の新生するのを感じていたのです。

大サハラへのキャラバンの出立の前夜、天を焦がすかがり火にあおられ、数百頭の駱駝の雄叫びに天地が揺らぐ中を、何昼夜にわたり踊り続けられてきた‘ラクスシャルキー’が、かがり火が消えると共に終わり、人の息さえ聞こえぬ静寂があたりを包んだ時、人が天に捧げたこの供物を確かに受け取り、このけなげな人の覇気に共鳴りし、天が歌うのが聞こえるように思いました。それは、湿気のない砂漠では星が瞬かないのに、満天の星が人の小さな命に共感するように、美しく瞬いてくれたからです。

美貴さんの舞いに託された命の鼓動に手を引かれて、私は再びサハラの地に立ちました。


  …‥‥・つづく・‥‥…

「サハラ砂漠紀行」 Ⅸ ‘ われ山にむかいて目をあぐ ’

『われ山にむかいて目をあぐ、わが助けいづくより来たるや…』


これは聖書の詩篇121編中の有名な言葉です。

皆様にもご経験がおありではないでしょうか、若い頃に一途な思いで経験したことや学んだことが、年を経るに付け、思いもかけずその意味合いを深め高まることがあります。高き山並みのごとく目前に立ち現われ、その峰々を越えていかねばならぬ思いに駆られながらも、もはやその高みは人の身で越えられるものではないものと悟り、『わが助けいづくより来たるや…』と山を仰ぎ見るような思いを持たれたことが。

人はおのが身の限りあるはかなさをかみしめながらも、たしかにこのひと時、この一点この場に我が身が存するためには、あまねく真実が結集し、輝きを放つ結晶とならねば存せぬ事を自ずから知っています。そして、おのが内にあるその輝き故にか、その高き峰の彼方から『わが助けいづくより来たるや…』との問いかけに確かに呼応する声のあることを、風の中にも聞く思いがいたします。この「サハラ砂漠紀行」を書きながらも、砂漠の純粋さが白日の下に曝すのか、その応答を聞くような思いに何度も励まされました。

私が心に誓った砂漠の旅は、人が触れてはならぬ自然の厳粛な神殿に、この小さき魂と肉体を捧げても悔いはなし!という、一世一代の覚悟を強いるものでした。背中にしょった荷物の中身は、隠しもできないたった一つ、小さき命一つのみ、身を守る術も手だてもなく、想像を絶する40℃をこす灼熱の救いのない不毛の大地を歩む旅となります。

この触れてはならぬものに触れ、生死に関わる危険を冒す旅に、ハッと我にかえると身がすくみ、為さない自由もあるのだと何度も引き返す誘惑にかられましたが、そんな私を励まし夢を果たす勇気を与えたのは、他ならぬキャラバンを率いる'砂漠の民'ベドウィンたちの覇気に満ちた黒い瞳と、まさに'砂漠の船' 駱駝の決死の旅を前にしても、ナンの恐れもなくのうのうと横たわる姿でした。

私を見る彼らの瞳は微笑むように落ち着いていました。それは砂漠こそが彼らが何千年にわたり生き抜いてきた王国、故郷であることを教えていたのです。その微笑みを見たとき、私は彼等に守られている限り、旅を全うできると確信しました。

ベドウィンは、人間の生存には過酷な砂漠をあえて選び、そのバドウ(地獄)を住み処に彼等の家系図ではアダムにつながる太古より、歴史を生き抜いてきた勇者です。彼等が胸にかざしたジャンビア(三日月刀)は、偉大なる砂漠と、その聖なる地に生きる民である民族の誇りを証するものです。

彼等は、砂漠という大自然の不可侵の国境によって守られた、アフリカ大陸北部からユーラシア大陸深部に至る広大な王国を自由に遊牧、往来し、自らの王国の不毛により、民族の伝統と血の純潔を守り、一切の余分なものをそぎ落とした骨と神経と筋の固まりである見事な肉体と'ハーマーサ'(剛勇と熱情)と云われる彼等の高貴な精神を作り上げたのです。

彼等は厳しいものに打ち勝ち生き抜いてきた民族としての誇りから、彼等の庇護無くしては生きられない砂漠の客を 'ディヤーファ(客人好遇)'の美徳をもって迎えます。彼等に迎えられることは、まさに砂漠自らにその偉大なる門をくぐることを許されることであり、私のサハラの旅はここに始まりました。


            …‥‥・つづく・‥‥…

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